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A列車で行こう ポータルサイト > 特別企画 > A列車jp発「痛勤解消へ、着席サービスにおける鉄道会社の狙い」
コロナ禍は人々の生活様式や行動様式に大きな変化をもたらし、鉄道業界にも深い爪痕を残しました。関東大手私鉄の輸送人員は、定期外利用こそほぼコロナ前に戻りましたが、定期利用は2割ほど減少しました。一方、関西大手私鉄は定期、定期外とも1割前後減少しています。
運輸収入の大幅な減少に対して営業費の削減に迫られた鉄道事業者は、終電の大幅な繰り上げや、ラッシュ時間帯の減便、運転区間の縮小など、サービス低下という苦渋の決断を迫られましたが、そんな中で唯一、拡大しているのが「着席サービス」です。
着席サービスのブームが起こったのはコロナ前、2010年代後半のことでした。東京圏では2008年に運行を開始した東武東上線「TJライナー」の成功が呼び水となって、2017年登場の西武鉄道「S-TRAIN」、2018年登場の京王電鉄「京王ライナー」など、夕夜間の帰宅需要をターゲットにした列車が次々と登場しました。詳しくは後で述べますが、コロナ後は毎年のように運転時間の拡大、増発が続き、新たな列車も登場しています。
大阪圏に新風を吹き込んだのが、2017年に登場した京阪電鉄の指定席車両「プレミアムカー」です。JRと私鉄が激しい競争を繰り広げる関西ではスピードとともに快適性が重視されるため、優等列車は転換クロスシートが標準です。「お金にシビアな関西人」は着席のためにお金を払わないとの見方もありましたが、「プレミアムカー」は平日朝夕ラッシュ時間帯と土休日の日中はほぼ満席、終日の乗車率75%というから驚きです。
京阪の成功に刺激され、平行するJR京都線、阪急京都線も着席サービスを導入しました。JR西日本は2019年、JR神戸線・JR京都線・琵琶湖線を走る新快速の一部列車に指定席車両「Aシート」を連結。当初は1日2往復、現在でも6往復の限定的なサービスですが、今後さらに増発する計画です。
そして関西私鉄の雄・阪急も2024年7月21日、同社史上初の指定席車両「PRiVACE(プライベース)」の運行を京都線で開始しました。大阪梅田駅~京都河原町駅間の特急、通勤特急、準特急に1両連結し、おおむね1時間あたり2~3本の運行、2025年中には4~6本に拡大される予定です。
着席サービスには大きく3つのパターンがあります。1つ目は普通列車に特別車両を連結するサービス。2つ目は座席転換型車両を用いて、朝夕夜間は指定席のライナー、日中は普通列車として運行する形態。そして3つ目が、特急車両を活用した着席サービスです。ひとつずつ見ていきましょう。
特別車両の元祖と言えるのが、全車自由席ではありますが、JR東日本の普通列車グリーン車でしょう。1960年代に東海道線・横須賀線に導入されて以降、各路線に広がった歴史のあるサービスで、2階建ての車両に特急車両と同等の座席を備えており、アテンダントによる車内販売も行われています。
近年、特に重視されているのはプレミアム感です。JR西日本の「Aシート」は特急車両に準じるリクライニングシート、テーブル、コンセントを備えていますが、大阪と京都を結ぶ京阪の「プレミアムカー」と阪急の「PRiVACE」は、日中の観光ニーズにも対応したゆとりのある3列シート、大型ヘッドレストなど、特急車両以上の快適性を備えています。
現時点で東日本にしか存在しないのが、座席転換型車両を用いた着席サービスです。特別車両とは異なり、座席がクロスシートになっているだけで内装は通勤電車と同様、着席が保証されているだけのサービスです。「TJライナー」導入にあたっては、待てば座れる池袋駅から、座れるだけの列車に料金を払う人はいるのかと疑問視する向きもありましたが、蓋を開けてみれば大成功を収め、サービス開始から15年で平日の運行本数は6本から20本に増えました。
「TJライナー」の成功で、関東大手私鉄各社はこぞって座席転換型車両の導入を進め、前述の「S-TRAIN」、「京王ライナー」に続き、2018年に西武新宿線・拝島線の「拝島ライナー」、2020年に東武伊勢崎線・地下鉄日比谷線直通の「THライナー」が登場しました。
最も歴史が長いのが特急車両を活用した着席サービスです。通勤利用を意識したものとしては、小田急電鉄が半世紀近く昔の1967年、新宿~小田原間無停車だったロマンスカーを、朝夕ラッシュ時間帯に町田に停車させ、定期券での乗車を解禁したことに始まります。
小田急の事例を参考にしたのが国鉄です。国鉄末期の1984年、増収努力とサービスアップを求める世間の声に応え、上野から東大宮の車庫に回送する特急「あさま」の車両を営業運転した「ホームライナー」を設定。これが評判になり各地に広まると、回送列車の活用だけでなく専用ダイヤで運転されるようになり、民営化直前には年間数十億円の収入になるまで成長しました。
その他の私鉄でも、京成電鉄が京成上野~成田間無停車だった特急「スカイライナー」の通勤特急化に着手し、1984年12月に「イブニングライナー」、1985年に「モーニングライナー」の運行を開始。東武も1990年に急行「しもつけ」「りょうもう」の一部列車を定期券で乗車可能な「ビジネスライナー」に指定しました。
1980年代に着席サービスが拡大したのは、バブル経済の影響がありました。都心の地価高騰で通勤の遠距離化が進み、1985年から1990年にかけて首都圏の通勤・通学時間別利用者数は、60分未満が横ばいなのに対して、60分以上90分未満は14万人、90分以上は8.2万人も増加しています。
当時の通勤列車は混雑率200%以上、冷房化が完了していない路線も多く、長時間の乗車は耐え難いものでした。少しでも快適な通勤がしたい、せめて帰りはゆっくり座っていきたい、そうしたニーズに応えられなければ、乗客は沿線から引っ越してしまうかもしれません。これは沿線開発と一体的に経営する私鉄にとって大打撃なので、着席通勤サービスが競うように広がっていきました。
とはいえ鉄道事業者は当初、着席サービスにある種の後ろめたさのようなものを感じていたようです。そもそも座れないのは混雑のせいであり、乗車時間が短く、必ずしも速達性が高くない列車で料金を取るのは、足元を見たビジネスです。ましてや普通列車を削減したら混雑率が悪化してしまうので、通勤特急のほとんどはラッシュピークを避けた前後の時間帯に設定され、本数も限定的でした。
それ以上の問題が採算性です。特急・急行列車は朝・夕夜間の運行本数が少ないため車両に余裕があり、特急券予約・発券システムをそのまま使用できるため、比較的容易に新設可能です。しかし特急を運行していない路線が、着席サービスのためだけに専用車両やシステムを用意しても採算が取れません。
この問題を解決したのが、通勤輸送に適したロングシートと、中長距離輸送に適したクロスシートを兼ね備える座席転換型車両でした。TJライナーに用いられる50090型は通常タイプの50000型と比較して1両あたり2000万円、10両編成で2億円しか変わらず、ライナー運用時以外は普通列車として使用できるので、無駄がありません。
普通列車に連結する特別車両も1日中使用できる、効率のよい資産です。京阪プレミアムカーの運行本数は1日あたり170~180本、定員40人、乗車率75%で年間約10億円の収入ですが、新造費用は「8000系」車両(10編成)が16億円、「3000系」車両(6編成)は約12億円、合計28億円。3年で回収できる計算です。京阪は一部編成のプレミアムカーを2両に増結するなど、さらなるサービスの拡大を図っています。
ではなぜ今、着席サービスは急拡大しているのでしょうか。東京では2000年代に入って都心回帰が進み、都心と近郊の人口が増えましたが、遠くない将来、首都圏も人口減少が避けられないことが見えてきました。また人口減少に先立って、通勤・通学利用の中心となる生産年齢人口(15~64歳)は減少しはじめており、このままでは需要は先細りです。
鉄道の収入は沿線人口×交通分担率(鉄道利用率)×利用頻度×移動距離×客単価に分解できます。交通分担率とは自家用車、鉄道、徒歩などの移動手段の割合です。買い物の交通手段(行き先)を車から鉄道に変えることはできるかもしれませんが、マイカー通勤の人を鉄道通勤に変えさせるのは困難です。
通勤・通学定期券は利用回数が増えても収入は変わらず、明確な目的地があるので移動距離を延ばすのも非現実的。それどころかコロナ禍で通勤定期券の利用が減少したまま戻らないのが現実です。そうなると客単価、1人あたりの支払額を増やすしかないので、プラスアルファの料金を得られる着席サービスは最適解です。
首都圏の私鉄は平行路線が少なく、競合関係が弱いと思われがちですが、視点を変えれば沿線人口の奪い合いという、さらに大きなライバル関係にあります。沿線の暮らしやすさ・働きやすさを高める着席サービスは、沿線価値を向上し、増収をもたらす一石二鳥の取り組みなのです。
災い転じて、というわけではありませんが、コロナ禍は着席サービスの拡大を後押ししました。これまでラッシュ時間帯の減便は「ご法度」でしたが、定期利用者が2割減少したことで図らずも減便が実現。空いたダイヤを活用してラッシュピーク時間帯に着席列車を新設したのです。
例えばコロナ前、「TJライナー」の平日上り列車は池袋駅に7時頃、9時頃到着の2本でしたが、2021年3月のダイヤ改正で普通列車を減便し、7時26分着、8時49分着の「TJライナー」を増発しました。「京王ライナー」もコロナ前は、新宿に7時以前に到着する2本と、9時以降に到着する2本の計4本でしたが、現在は8時台に到着する2本を含む、12本が運転されています。
首都圏より早く人口減少が始まり、1990年代半ばをピークに鉄道利用者が減少傾向にある関西の事情はやや異なります。JR西日本や近鉄、南海などが朝夕夜間の通勤特急を運行しているものの、東京圏より混雑率が低いこともあり、着席サービスの需要はそれほど高くありません。
むしろ大阪圏の問題はコロナ以降、定期外利用が減少していることで、通勤利用のみならず全時間帯の客単価を増やす必要があります。京阪神(京都・大阪・神戸)都市間輸送は終日にわたり両方向に需要があるため、ラッシュに特化するのではなく日中の需要にも対応可能な特別車両が適しています。
こうして様々な着席サービスを見てみると、その目的が客単価の増加と増収にあるのは共通しても、路線ごと、地域ごとの事情を反映して、サービスの形態が異なることが分かります。ただ東急の指定席車両「Qシート」など、東西のハイブリッドとも言えるサービスも登場しており、今後はさらに多様な進化を遂げるのかもしれません。
掲載日:2024年11月15日
提供:A列車で行こうポータルサイト「A列車jp」(https://www.atrain.jp/)
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