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A列車で行こう ポータルサイト > 特別企画 > A列車jp発「トレインコンストラクション発売記念! 鉄道車両のお約束〈屋根上編:冷房装置と換気装置〉」
電車の屋根の上でもっとも大きな機械は「冷房装置(クーラー)」です。鉄道車両の冷房装置は大きく分けて2種類あります。平たく大きな装置を1つ載せる方式を「集中型」と呼び、四角い箱を3~4個載せる方式を「分散型」と呼びます。
いまやほとんどの鉄道車両に冷房装置が付いています。ただし北海道など涼しいところでは冷房付き車両が普及しませんでした。窓を開ければ涼しい風が入ったからです。例外的に、窓が開かない特急車両や、混雑する通勤車両に冷房が搭載されました。それでも普通列車用の客車や気動車には冷房が搭載されませんでした。
しかし、近年は北海道の夏も暑くなったため、ついにローカル線用のH100形に冷房装置が装備され、2020年から運用されています。今後、キハ40系などの古い気動車をH100形で置き換えていくので、数年内にJR北海道も冷房化率100%に近づくでしょう。全国的に、非冷房車はトロッコ列車や旧型客車の観光用車両だけになりそうです。
鉄道車両向け冷房装置は1884年にアメリカで導入されました。氷に風を送って室内の空気を冷やすという方式で、氷式冷蔵庫と同じ考え方ですね。日本では明治17年に当たります。日本にも氷室で氷を保存して「氷柱」を置く習慣がありましたから、お客さんが客車に氷を持ち込んだことがあったかもしれません。ただし、あったとしても、「鉄道車両の冷房装置」とは言えません。
1924(大正13)年に「アンチソン・ アンド・トペカ&サンタフェ鉄道」が蒸気噴射を使った冷房装置を試験的に導入しました。この鉄道会社はアメリカ南部を東西に結ぶ路線網を持っていました。この鉄道は後に現在のBNSF鉄道(バーリントン・ノーザン・サンタフェ)を形成します。1929(昭和4)年にアメリカの「ボルチモア・アンド・オハイオ鉄道」が本格的に導入しており、これが鉄道車両用として初の冷房装置とされています。
蒸気噴射式冷房装置は、「蒸発器に水を入れ,蒸発器内の空気を用いて吸引して真空状態にして低温の水を蒸発させる」、「蒸発によって周囲の熱が奪い取られ冷却される」、「その冷却能力で別の水を冷やす」、「そこに風を送って冷風を作る」という仕組みでした。
アメリカの鉄道会社は蒸気噴射式冷房装置を、まずは食堂車、次いで長距離列車の上等客車に導入しました。冷房時に窓を閉めれば、蒸気機関車の煙が車内に入らないという利点もありました。蒸気噴射式冷房装置は1934(昭和9)年に南満州鉄道の特急「あじあ号」に採用されました。これが日本の鉄道史上、初の車両冷房でした。
日本国内は、あじあ号より2年遅れて冷房車が登場します。南海電鉄が1936(昭和11)年6月に2001形電車に搭載しました。大阪金属工業、のちのダイキン工業が開発した電動冷凍機で、総重量は2.5トン。屋根上に4機の蒸発器を置き、それ以外の機器を床下に設置しました。南海電鉄は大阪~和歌山間で阪和鉄道(後のJR阪和線)と競争しており、ライバルに優位に立つための施策でした。
さらに同年7月、鉄道省(国鉄)は特急「燕」の食堂車「スシ37850形」に電動式冷房装置を搭載しました。冷房装置は荏原製作所と川崎造船所が製造しました。この車両は客車のため、車軸に取り付けた発電機で電力を発生させました。したがって停車中や低速中は冷房が効きません。冷房装置は床下にあり、屋根上は換気装置か並ぶだけです。
戦争激化のため特急「燕」が打ち切り、冷房も贅沢だとして1942の運行を最後に活躍の場を奪われました。終戦後はGHQ専用車となり、戦後も東海道本線・山陽本線の特急に使われました。他の客車も程度の良いものはGHQ専用車となり、食堂車や寝台車に冷房化改造が行われました。
戦後の日本はGHQ払い下げ車両を中心に特急列車用客車が冷房化改造されました。1950(昭和25)年に東海道線の特急「はと」の1等展望車、1953(昭和28)年に特急「つばめ」の1等展望車が冷房化されました。1958(昭和33)年に東海道線に電車特急「こだま」として全車冷房付きの151系電車が登場します。また、夜行列車用として20系客車が登場しました。20系客車も全車両が冷房付きで、車内設備用の電源車を連結し、停車中も空調が作動しました。20系は「走るホテル」と呼ばれ、その後のブルートレインブームの先駆けとなります。
私鉄では1950(昭和25)年に近鉄特急の大阪~名古屋間に全車両冷房付き編成が登場しました。新幹線がない時代、近鉄と国鉄はスピードとサービスで競争していました。1959(昭和34)年に名古屋鉄道が通勤電車に冷房装置を投入します。通勤電車と言っても、東海道本線の快速電車に対抗した車両として、特別料金不要の特急に使われる電車でした。その後、大手私鉄の通勤者利用の冷房化が始まります。
1968(昭和43)年に国鉄は103系通勤電車の試作冷房車編成を製造し、10両編成1本を山手線に投入します。これで国鉄の通勤電車の冷房化が始まりました。しかし、限られた予算でより多くの冷房付き列車を走らせるため、1編成に冷房付き、冷房なしの車両が混在していました。
一般家庭では1960年代の終わりに家庭用クーラーが普及し始めました。戦後最長となる好景気のもと、電化製品の三種の神器として、カラーテレビ、自動車、クーラーの順に普及しました。それぞれ英語で頭文字がCになることから、3Cと呼ばれました。家庭用クーラーの普及率は1965(昭和40)年に2%、1975(昭和50)年に7.7%、1985(昭和60)年に50%と推移します。
これに呼応する形で大手私鉄も1990年までに冷房化率100%を達成します。ただし、地下鉄の冷房化は遅れました。トンネル自体が冷暗だったためです。しかし、換気が電車の排気熱上昇に追いつかなくなり「駅冷房」が行われました。電車の冷房装置はトンネルにとって熱源となるため、かつては冷房付き電車も地下鉄線内では冷房のスイッチを切り、窓開けが推奨されました。現在は電車も駅も冷房化されています。
鉄道車両の冷房装置を(屋根の上の)形状で分類すると、集中式と分散式の2種類です。ほかに屋根上には置かない床下設置式、室内に設置する床上式があります。冷房装置の仕組みで分類すると、電車は集中式、分散式、集約分散式の3種類があります。
集中式冷房装置
車両の屋根上の中央に設置する大型の冷房装置です。利点は分散式に比べて設置が簡単で、部品点数が少ないこと。保守点検の手間が減ります。車体の中央に置くため、車体の端にパンタグラフなど他の機器を設置しやすくなります。
欠点は、冷気を車両に行き渡らせるため、天井内部にダクトを設置する必要があります。重量が大きいため、車体の強度も必要です。非冷房車を改造する場合は補強工事とダクト工事が必要になるため、新製車両に使われる傾向があります。
分散式冷房装置
車両の屋根上に4個以上で設置される小型の冷房装置です。室内に冷気の吹き出し口があります。利点は重量が分散されるため、集中式ほど車体の強度を求められません。非冷房車の冷房化改造に使われやすい方式と言えます。小型で騒音も小さく、特急形やグリーン車で採用する例もあります。1台が故障しても残りの機器で空調を維持できます。
欠点は設置台数の分だけ保守の手間がかかること。車両新製時のコストも増えます。ブルートレインと呼ばれた20系以降の寝台車は、天井高を稼ぐため、冷房装置を車端部のデッキの上に置きました。そのため、車端部は冷房が効き、中央部は冷房が効きにくいといえます。
583系電車は三段式寝台電車として天井高を確保するため、小型の分散式冷房装置を採用しました。先頭車は8基、パンタグラフのない中間車は9基ありました。ただし、パンタグラフを2基搭載した車両は床上の機器室に設置しています。
集約分散式冷房装置
外観上は分散式冷房装置とほぼ同じで、屋根上に4個以上で設置されます。ただし、装置は少し大きく、性能も高くなるので、分散式よりも設置数は少なめです。たとえば、小型の分散式冷房装置を6個搭載する車両は、中型の分散式冷房装置を4個から5個で同じ性能になります。現在は冷房装置の性能が上がっているので、小型のまま数を減らせます。
室内は集中式冷房装置のようなダクトがあり、各冷房装置で共有しています。1台が故障しても他の装置の冷気を共有できます。つまり、集中式と分散式の両方の利点を持つ方式です。
新しい車両は集約分散式冷房装置が採用されているため、分散冷房装置は減少傾向です。つまり、屋根上の冷房装置の数は減りつつあります。また、同じ形式の車両でも、パンタグラフ付きの車両は集中式冷房装置を採用し、その他の車両は分算式冷房装置を採用する車両があります。
新幹線や振り子式特急車両は、車体の安定性を高めるため床下に冷房装置を設置しています。この場合は屋根に冷房装置がないため、例えば国鉄の381系電車のように、フラットでスッキリした外観になります。逆に床下の機器は増えます。動力のない車両は床下がスッキリしていますが、床下冷房の車両は機器が追加されます。床下空間の大きさ、空調配管の配置によって、集中式、分散式どちらの例もあります。
通勤電車でも床下冷房を採用する事例があり、例えばトンネル断面の小さな地下鉄車両は床下に搭載します。京急電鉄の旧1000形は製造年によって屋根上にクーラーがある車両と床下にある車両がありました。外観上は非冷房車に見えても、実は冷房車、という車両があります。
小型車両で屋根上、床下ともに冷房装置を設置する場所がない場合や、非冷房車を改造する場合に車体の強度を保てない場合は、やむを得ず連結面の床上に冷房装置を置く場合があります。新交通システムは冷房機を家庭用のように室外機と室内機に分離して、室外機を床下に、室内機を床上に置いています。
福島交通7000系電車は室内に機器室を作って冷房装置を格納し、天井にダクトを張って冷風を送っています。屋根上に冷房装置は見えませんが、外観上、冷房装置のあるところは窓がありません。
ハイデッカーといって、座席の位置を高くして眺望に配慮した車両のなかには、座席の下に冷房機器を置いた車両もあります。近畿日本鉄道50000形の先頭車が採用しています。過去には小田急電鉄20000形が採用していました。
冷房装置のない車両の屋根上にも小さな機器が並んでいます。これはベンチレーターという換気装置です。窓をすべて閉め切っても空気を入れ換えられる仕組みです。
十文字形の「ガーランド形」、円盤形の「グローブ形」、角形などがあります。ベンチレーターの内部を外気が通り抜け、負圧によって客室の空気を吸い出す方式のため、雨が入りにくい構造になっています。これを吸い出し式といいます。
角形の中でも、積極的に空気を取り入れるタイプのベンチレーターを押込式といいます。内部に雨や雪が入らないようにトラップ構造になっています。コストは上がりますが換気性能は高くなるため、特急車両に使われています。
ベンチレーターは冷房装置のない車両に必ずあります。かつては冷房装置がある車両も換気目的で併用していました。最近の車両は冷房装置に換気機能があるため設置されていません。
家庭用エアコンは冷房と暖房の両方の機能があります。鉄道の屋根上機器は冷房装置です。暖房は主に電気ヒーターが使われています。家庭用電気ストーブやオーブントースターのような同じ仕組みで、座席の下にヒーターが設置されています。座席に近い場合は「この下は熱くなるので注意してください」などと注意書きがあります。
蒸気機関車時代はダルマストーブも使われており、現在もストーブ列車としてノスタルジックな観光列車で採用されています。しかし、主に使われていた暖房は蒸気式でした。蒸気機関車から発生した熱い蒸気をパイプで客車に送り込み、客室を温めました。そのため、長編成の列車では蒸気機関車から遠い車両は暖房が効きません。
ディーゼル機関車や電気機関車も客車へ蒸気を送るため、蒸気発生装置を搭載していました。現在は客車も電気ヒーターを採用しています。電源は機関車から供給されます。または発電機を搭載した車両を連結します。
旧型客車と貨車を組み合わせた列車は「ミキスト」と呼ばれ、かつてはローカル線で走っていました。この場合、客車は機関車の直後に連結して、暖房のための蒸気管をつなぎます。機関車と客車の間に貨車が入ると、機関車の蒸気が届かず蒸気暖房が使えません。
蒸気機関車と客車と貨車の編成には要注意です。
参考
鉄道車両における 冷却技術 - 公益財団法人鉄道総合技術研究所
https://bunken.rtri.or.jp/doc/fileDown.jsp?RairacID=0004007122
鉄道の冷房化の歴史 実は戦前からあった日本の冷房車両第一号は? – 鉄道模型モールBlog
https://tetsumo.net/blog/%E8%BB%8A%E4%B8%A1%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%97/%E9%89%84%E9%81%93%E3%81%AE%E5%86%B7%E6%88%BF%E5%8C%96%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%80%80%E5%AE%9F%E3%81%AF%E6%88%A6%E5%89%8D%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE/?srsltid=AfmBOopgELG8UEvLN2DVlC36WZPYeNKg22YFFMhKcW5hOL5wFAee-6nI
掲載日:2024年11月27日
提供:A列車で行こうポータルサイト「A列車jp」(https://www.atrain.jp/)
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