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コラム

A列車jp発「広大な駅周辺を大開発、5年で変貌した町と成長の背景」

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数年ぶりに訪れたら、何もなかった駅周辺が様変わりしてビックリ。
そんな経験はありませんか?
駅前の更地に大規模ショッピングモールができ、
線路周辺にアパートや住宅が続々と建てられていた……。
こうした開発のきっかけは何でしょうか。

ここはどこでしょう

 この駅はどこでしょう。7年前の写真です。沿線にお住まいの方はすぐにわかるかも。

駅周辺は広大な更地(2019年(筆者撮影))

 高架線路の奥に駅があります。プラットホームの屋根が特徴的です。当時は開業から20年が経過していましたが、駅の周辺は広大な更地で、ブルドーザーが1台、健気に整地していました。

ほぼ同じ場所から。すっかり整地され住宅街になった。高架線路も建物の向こう。屋根の上に架線柱が見えます(2026年(筆者撮影))

 現在は周辺の区画整理が終わり、戸建て住宅やアパート、マンションが建ち並んでいます。

 この駅は相模鉄道いずみ野線の「ゆめが丘駅」です。ドーム型の屋根が特徴で、2000年には「関東の駅100選」に選ばれました。ドラマやミュージックビデオ、CMのロケ地でもあります。特撮ドラマ『烈車戦隊トッキュウジャー』のオープニング映像でも未来感のある空間を演出していました。

 

 駅周辺をもうすこし歩いてみます。建設中のマンションがいくつか。まだ空き地がありますが、いずれマンションかアパートが建つでしょう。

駅側から2019年の撮影ポイント方面を見る。駅周辺はマンションが建ち並ぶ(2026年(筆者撮影))

 そして線路の反対側には大型商業施設「ゆめが丘ソラトス」があります。2024年7月に開業しました。こちらの方がビックリですね。7年前にこちらを撮っておけば比較できましたが、まさかこんな大きな建物ができるとは予想できませんでした。そこで、航空写真で比較しましょう。

ゆめが丘駅に直結する「ゆめが丘ソラトス」を南側から撮影。左に相鉄のゆめが丘駅、右の小さな建物が横浜市営地下鉄下飯田駅(2026年(筆者撮影))
2019年のゆめが丘駅周辺(国土地理院提供の航空写真(CKT20194-C21-38.jpg)を一部拡大

 鉄塔の位置と照らし合わせると、私の写真はこの航空写真の左下から撮ったようです。周囲の土地は土の色で、更地にする工事が行われました。他の地域は農地や住宅地です。横浜市営地下鉄ブルーラインの南側は建物が多く、先に発展したようです。東の和泉川に沿って建物があります。人の生活域は水の近くにあるものですね。

2024年のゆめが丘駅周辺(国土地理院提供の航空写真(CKT20245-C2-4.jpg)を一部拡大

 2024年の航空写真です。国土地理院のサイトで公開された航空写真のうち、本稿執筆時点の最新版です。かなり建物が建ちました。ゆめが丘ソラトスの存在感が大きく、総合病院もあります。生活拠点と医療拠点があれば、生活に最適ですね。更地だったところも集合住宅が建てられました。駅前には大きな開発用地がありますし、徒歩5分から10分圏内に空き地や農地があります。これからも相鉄いずみ野線、横浜市営地下鉄線の利用者は増えていきそうです。

2024年の航空写真に建物名などを追加した(国土地理院提供の航空写真(CKT20245-C2-4.jpg)を加工)

駅の開業から開発まで半世紀もかかった

 相鉄いずみ野線は1976年に二俣川~いずみ野駅間で開業しました。いずみ野~湘南台駅間の開業は1999年で、この区間にゆめが丘駅があります。計画時は地元の地名と同じ「下飯田」となる予定でしたが、ゆめが丘駅のある横浜市泉区が将来像を「やすらぎとうるおいあふれる田園文化都市」と定めたため、夢を抱けるまちづくりを願って「ゆめが丘」としました。

 ちなみに、同じ年に開業した横浜市営地下鉄ブルーラインの駅は「下飯田」です。構想を打ち出した横浜市が運営する市営地下鉄は地名のまま。市営交通は地名と駅名を一致させるルールがあるのかもしれません。ちなみに、相鉄いずみ野線の「ゆめが丘」駅周辺の地名は2024年に駅名に合わせて「ゆめが丘」になりました。

 ゆめが丘駅の開業は1999年で、2019年時点で周辺の土地が造成中でした。ゆめが丘ソラトスの開発計画は2020年、着工は2022年。開業は2024年でした。駅の開業から約20年も開発されず、開発計画が決まってからわずか5年でやっと「ゆめが丘ソラトス」が開業しました。だからこそ「放置された駅前が数年で大変身」という印象です。

 ゆめが丘駅周辺は、なぜ、もっと早くから開発されなかったのでしょう。「A列車で行こう」シリーズのプレイヤーだったら、「こんなに広い土地を25年も寝かしておくなんてもったいない」と思いますよね? ゲームであれば他社の建物が雑多に建てられていきそうな立地です。しかし、現実はそう簡単ではありません。自治体の開発構想があり、そのために土地所有者が合意形成してまちづくりが進められます。

 相模鉄道としても、駅を作ったのに利用客がいない。それでも開発に期待して快速停車駅にしました。ところが、この25年間に相模鉄道のピンチがあり、やっと最近になってチャンスが巡ってきました。どんな経緯があったのか、歴史を振り返ります。

 前出の「やすらぎとうるおいあふれる田園文化都市」は、地元の横浜市泉区がまとめた構想です。この構想が生まれる背景をたどると、なんと、1966年にさかのぼります。約60年前です。

 1966年、運輸省(当時)の大臣諮問機関「都市交通審議会」は、答申第9号「横浜及びその周辺における旅客輸送力の整備増強に関する基本計画について」において、6号線「茅ヶ崎 – 六会(藤沢市)付近 – 二俣川- 勝田(横浜市都筑区) – 東京方面」の鉄道路線計画を示しました。勝田は現在の港北ニュータウン地域です。6号線にはかつて東急グループが構想した「東急ターンパイク」の名残を感じられます。

赤線が都市交通審議会6号線(概略)、青線が神奈川県東部方面線を構成する東急・相鉄新横浜線と相鉄いずみ野線。点線は相鉄いずみ野線の未開通区間(地理院地図を元に筆者加工)

 相模鉄道は6号線の一部を担うための新路線として、1967年にいずみ野~平塚間の免許を申請し、翌年に認可を受けます。1970年に着工しますが、1976年に二俣川~いずみ野間が開業するまで6年かかりました。用地買収が難航したためです。いずみ野~いずみ中央の開業は1990年で、わずか2.2kmの延伸に14年もかかっています。その4年後に湘南台へ延伸する工事に着手します。開業は前出の通り1999年でした。ゆめが丘駅も同時に開業しました。いずみ野線の建設着手から湘南台までの開業に約20年を要しています。

 実はこの時期は、相模鉄道にとって試練の時代でした。1990年代後半は少子高齢化や、マイカーの普及などで鉄道の輸送人員が低下していました。土地神話の崩壊によるバブル経済の破綻もあります。これらの背景は相模鉄道だけではありません。

 しかし、東京都心にターミナルがある大手私鉄に比べると、横浜起点の相模鉄道の危機感は大きかったようです。相模鉄道は不採算事業の整理、子会社の統合をすすめます。希望退職の募集による退職金や固定資産の減損などで特別損失を計上した結果、2004年3月決算では過去最大の約200億円の純損失を計上しました。

 ゆめが丘駅ができたからといって、すぐに開発に着手できなかった理由の1つが、相模鉄道の体力が弱まっていたからでした。そしてもうひとつが、慎重に進められた開発計画です。乱開発を防ぐため、地権者の協力の下で調整が行われました。

「神奈川東部方面線」というチャンス

 相模鉄道が事業を再編する一方、地元の取り組みは着々と進んでいました。1990年にいずみ野線がいずみ野駅まで開業した頃、横浜市は鉄道延伸整備とまちづくりを一体で進めたいと提案しました。横浜市・地元地権者・鉄道事業者の三者による組合区画整理事業の検討を開始します。ここでとりまとめた「いずみ田園文化都市構想」が、1993年の横浜市の総合計画『ゆめはま2010プラン』の一部となりました。ここから開発構想の策定、区画整理案、道路案などの基本設計を検討していきます。

 相模鉄道は経営の合理化のため、2005年に持株会社制に移行します。そこに追い風が吹いていました。2000年に運輸大臣諮問機関の運輸政策審議会が、第18号答申「東京圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画について」で、神奈川東部方面線を2015年までに開業すべき路線としました。この「神奈川東部方面線」こそ、かつて都市交通審議会が定めた6号線の改訂版といえるルートでした。

 「神奈川東部方面線」は既存の東急田園都市線、目黒線、東海道線貨物支線、相鉄本線、相鉄いずみ野線を経由します。各路線を結ぶため、新たに相鉄新横浜線として西谷~新横浜間、東急新横浜線として新横浜~日吉間を建設しました。

神奈川東部方面線を構成する路線。

 2019年に相鉄とJRの直通運転が始まり、埼京線と相互乗り入れが始まりました。2023年には東急線を介して東京メトロ南北線と副都心線、都営地下鉄三田線、埼玉高速鉄道、東武東上線と相互直通運転が始まりました。ついに相模鉄道は東京都心にアクセスできる路線になりました。沿線は横浜と東京で働く人のベッドタウンとして期待が高まりました。

 「神奈川東部方面線」が現実的になった2014年に、地元の取り組みが結実して「泉ゆめが丘土地区画整理組合」が設立されました。これでゆめが丘駅周辺の開発準備が整いました。さらに時が経ち、道路整備などを経て、ゆめが丘ソラトスが計画され、そして5年後に開業して今日に至ります。

 土地区画整理事業は「横浜国際港都建設事業 泉ゆめが丘地区土地区画整理事業」として、2014年から2026年までの計画で進行しています。5年で様変わりした町だと思ったら、その背景には60年に及ぶ都市計画がありました。「ゆめが丘ソラトス」はその一部に過ぎません。さらに、相鉄いずみ野線は平塚駅や新幹線駅誘致構想がある倉見駅の延伸構想があります。計画人口約5,200人のまちづくりはこれからも続きます。

土地区画整理事業について|〈公式〉泉ゆめが丘土地区画整理組合 http://www.izu-yume.com/detail.html

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掲載日:2026年3月13日

この記事の筆者

杉山淳一

ゲーム雑誌「ログイン」の広告営業からフリーライターへ転じ、「A列車で行こう7」から「A列車で行こう9」までガイドブックを執筆。現在は鉄道ライターとしてWeb記事を中心に活動する。

提供:A列車で行こうポータルサイト「A列車jp」(https://www.atrain.jp/

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